父を早く家に連れて帰りたい|医師に「2ヶ月は無理」と言われた日

転院してから、父はずっと眠っていた。リハビリが思うように進まない中、私は沖縄に戻る日を迎えた。その前に、担当医との面談があった。医師の口から出た言葉は、私が予想していなかったものだった。

医師との面談|

 転院の日に帰省し、毎日父の面会に行きました。最初の3日間、眠っていることが多く、食事もあまり摂れていないようでした。日曜祝日で面会に行けず3日ぶりに会った父は肺炎になっていました。その翌日は沖縄に戻る日です。その前に父の担当医に面談をお願いしていました。医師は最初に「〇〇先生から電話があったけど・・・」と話を切り出しました。

父のかかりつけだった病院の先生

翌日は沖縄に帰る日。その前に、父がずっとお世話になっていたかかりつけの先生に挨拶に行きました。お礼を言いに行くつもりでしたが、先生はすでに父の状況をすべて把握していました。処方していた薬の関係で、病院から連絡が入っていたそうです。

「リハビリ病院の先生とは知り合いでね」と言いながら、先生はその場ですぐに電話をかけてくれました。父の容体を確認し、「よろしくお願いします」と言ってくれた。その姿を見て、胸が熱くなりました。父はずっと、いい先生に診てもらっていたんだと思いました。

リハビリ病院の医師の話

リハビリ病院の担当医師は優しい先生でした。父の現在の姿を詳しく教えてくれました。肺炎になっているので点滴をしていること、今は熱が下がっていること、1週間くらいリハビリは休むことになるとのこと。私たち家族は早く父を家に連れて帰りたい一心でリハビリ病院でリハビリをして歩けるようになって帰れると信じていました。でも医師の見解は「2ヶ月で家に帰ることは、無理・・・かなと」

私の予想|父はきっと歩けるようになる

私は、介護のことも医療のことも全く分かりませんが、父はきっと歩けるようになるという思いがありました。それくらい人間の体には強い生命力があると信じていました。なので医師の言葉にさほどショックは受けなかったのですが、『兎に角リハビリを進めてほしい』という強い思いを伝えたく、医師に「どうか2ヶ月で在宅介護ができるよう1日も早くリハビリをよろしくお願いします。」と伝えました。そして、医師の「2ヶ月では無理」という言葉は、母には伝えませんでした。

沖縄に帰る日|何も知らなかった高齢者の入院

医師の面談を終え、少しだけ父の顔を見せてもらい私は沖縄への帰路につきました。父は眠っていました。帰省する時、リハビリ病院に入院すればリハビリをしっかりやって家に帰れるんだと期待でいっぱいでした。でも高齢者の転院は、私が予想できないことばかり起こります。意識に波がありまだうまく喋ることができません。この病院に来て食事量が減っている。調べてみると「高齢者の脱水は日常の中で起こりやすい」「高齢者は喉の渇きを感じにくい」それに加え、父は自分で「水が飲みたい」と言えない。脱水は大丈夫だろうか・・・不安を抱えたまま、私は特急電車の窓の外を見ていた。父の顔が頭から離れなかった。

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