毎日面会に行くと、父の様子で気持ちが大きく揺れました。
テレビもない殺風景なスペースで寝かされている父を見て、不憫に思う日。車椅子で時代劇を見ている父に、思わず笑ってしまう日。同じ病院に通っているのに、帰り道の気持ちは毎日違いました。
この記事では、そんな一喜一憂の日々と、病院への不満がいつしか安心へと変わっていった話を書きます。入院中の家族の面会が続いている方に、「揺れるのは自分だけじゃない」と思ってもらえたら嬉しいです。
※せん妄の父への声かけで小さな変化に気づけるようになった話は、前回の記事にまとめています。
テレビもない。父が過ごした小さなスペース
父は、せん妄でベッドから起き上がろうとする動きがあり、転倒の危険があるとのことでした。そのため、ナースステーションの隣にある、パーテーションで仕切られた小さなスペースで過ごしていました。
テレビもなく、窓もない。父が毎日そこに一人でいるのかと思うと、最初は胸が痛くなりました。
でも後から考えると、これは父を放っておくためではなく、看護師さんの目がいつも届く場所に置いてくれていたということでした。せん妄のある高齢者にとって、転倒や点滴を抜いてしまう事故は命に関わります。当時の私は「仕方ないということは十分にわかるけど・・・」と納得はできない気持ちでした。
ナースの隣で時代劇を見ていた父
ある日面会に行くと、父が車椅子に座って、ナースステーションで看護師さんの隣に座り、パソコンで時代劇を見ていました。
起き上がっている父を見られた嬉しさと、看護師さんと並んで座っている面白さで、「テレビ見ちょんの?」「よかったな〜」と、母と3人で笑いながら話しました。
殺風景なスペースしか知らなかった私には、その光景が本当に嬉しくて。看護師さんたちが忙しい仕事の合間に、父のことを気にかけてくれているのが伝わってきて感謝の気持ちでいっぱいでした。
病院への不満が安心へ変わっていく
別の日には、看護師さんが「お散歩行かれますか?」と提案してくれました。病院の中に絵画を飾ったスペースがあるそうで、そこを勧めてくれたのです。母と私は喜んで、3人でそこへ向かいました。
中庭が見渡せる廊下を、父の車椅子を押しながらゆっくり歩く。いつもと違う景色が父のリフレッシュになっているかなと思えて、嬉しかったです。
「何もない部屋でかわいそう」という気持ちは、いつしか「よくしてもらっているな」という安心感に変わっていきました。
それでも毎日面会に行く理由
父が元気そうにしていると、母も私も明るい気持ちで家に帰れます。反対に、目が合わなかったり、夢の中にいるような表情の日は、家に帰ってから父の症状のことを調べたり、兄弟に状況を報告したりしていました。
何かをしていないと、不安で仕方なかったのかもしれません。でも今思えば、「父のために動いている」という満足感が、自分自身を支えてくれていた気がします。
面会は、父のためだけではありませんでした。父の今日を知って、家族が安心するための時間でもあったのだと思います。もし毎日の面会で一喜一憂して疲れている方がいたら、それは家族として当たり前の揺れです。どうかご自身の心も大事にしてください。
次の記事では、そんな入院生活の中で思いがけず大爆笑したエピソードを書いています。


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