せん妄の父への声かけ|小さな反応が「ショック」から「嬉しい」に変わった日

面会に行くたびに、父は眠っていた。
声をかけても目が合わない。反応があるのかないのかもわからない。最初はただ、ショックだった。

でも関わり方を変えてから、小さな変化に気づけるようになった。父の手がわずかに動いた。瞼がぴくっとした。それだけで「伝わったんだ」と思えるようになった。

同じ状況で戸惑っている方に、少しでも参考になればと思いこの記事を書きます。

せん妄の父への関わり方を変えてみた

面会1日目、元気だった父が寝たきりになり、話もできない、目も合わない姿を見て、胸にポカンと穴が空いたような気持ちでした。

家に帰ってせん妄について調べ、翌日からは声かけを変えました。「お父さん、来たよ」「今、お昼だよ」「ここは病院だよ」。毎日同じ言葉を、短く、ゆっくり繰り返しました。

病室に持ち込んでよかったもの

声かけと同時に、視覚からのアプローチも何かできないかと思い、調べてみました。
・大きめの時計(今は昼、今は夜が分かる)
・家族の写真(1枚〜2枚で人数が少なめのもの)※人数が多いと脳が混乱する
・カレンダー(日にちや時間が分かることで不安が減る)

そこで、母が以前父のために購入した日めくりカレンダーに、孫の写真を貼って持っていった。それを父の部屋のテーブルの上に置くと、殺風景な病室に色が入り明るくなった気がして嬉しかった。


3回目の面、父が笑わせてくれた

父は言葉がはっきり話せなくなっていて、会話もほぼできない状態でした。ベッドに横になり、眠ったり少し目を開けたり、表情もあまり変わらない。

それでも、カレンダーや写真を視界に入るところで見せながら声をかけると、父が手をわずかに動かしたり、瞼がぴくっとしたりすることがありました。声にならなくても声を出そうとする姿を見て、「分かってくれたんだな」と初めて思えた瞬間でした。

日々、変わる父の反応

私が帰省して3日目の面会の日、この日は面会時間に父が目を覚ましていて意識も今までよりはっきりしていました。いつものように母が父の足をマッサージし、私は「お父さん、きたよ」「今お昼だよ」と会話していました。
会話も結構成り立ってきた父に「お父さん、ご飯美味しい?」そう聞くと、父はひと言
「おいしくない」
流動食だから仕方ないなと思いながらも、こんなにはっきり答える父の言葉に母と笑ってしまいました。

何もできない、その無力感が1番つらかった

関わり方を知り、小さな反応も今の父の精一杯の返事だと知ってから、面会が変わりました。何もできないという無力感より、今日も来られたという気持ちの方が大きくなっていきました。

この帰省では、父の状態が日によって大きく変わることも知りました。次の記事では、毎日の面会で一喜一憂した日々のことを書いています。

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