リハビリ病院の実態にショック|転院初日に家族が感じた絶望と現実

転院すれば良くなると思っていた。でも初めて見たリハビリ病院の病室は、想像とまったく違った。薄暗く、静かで、父はずっと眠っていた。初めて見る病室と父の姿、ショックですぐにでも転院したいと思ったほどでした。

急性期病院最後の朝|朝食を完食した父と看護師さんへの感謝

急性期の病院では、看護師さんにとても手厚く看護してもらいました。せん妄で急に怒ることもあった父に対しても、いつも温かく接してくれて、笑い話として家族に話してくれる心のゆとりまで持っていた方でした。本当にいい看護師さんに担当してもらえたと思います。

そんな急性期病院最後の朝、朝食のお粥に海苔の佃煮が添えられていて、父は「美味しい、美味しい」と言いながら完食したそうです。母が「お父さん、みんなにお礼言って」と声をかけると、「ありがとうございました!」と大きな声で挨拶して病院を後にしたそうです。

初めて見たリハビリ病院の病室|薄暗さと静けさに感じた恐怖

この日私は、朝イチで沖縄を出発し、午後実家に着きました。母と一緒にリハビリ病院へと向かい、ソーシャルワーカー、看護師、病衣や紙おむつの販売の方の説明を聞きました。紙おむつ・・そうです、あんなに元気だった父は今、全介護なんです。

説明を聞き同意書にサインし、いよいよ病室へと向かいます。初めての病院、4人部屋。父は眠っていました。薄暗く、4人の利用者さんは全員眠っていて病室はとても静か。雰囲気があまりにも暗く恐怖を感じるほどでした。父は転院の疲れからか、新しい環境でせん妄がひどくなったのか、声をかけてもあまり反応がなくずっと眠っていました。

転院は簡単にできない|絶望感

父の新しい病院の雰囲気は私にはとてもショックでした。薄暗くて静か。せん妄もひどくなったようだし、こんな場所で昼と夜の区別はつくの?どうにか転院させる方法はないかと、家に帰りいろいろと調べてみました。でも、転院するには急性期病院から父に関する医療的な資料が必要で、リハビリ病院側も受け入れが可能かどうかという問題があり、すぐにできることではありません。転院可能な病院があったとしてもそんな準備をしてからなので、すぐに転院なんてできなかったのです。

これから始まるリハビリ病院での生活

私は、今回1週間地元にいます。この病院は日曜祝日は面会禁止なので、父に会えるのは5日。転院が現実的に無理そうなので、とにかく父のせん妄が早くよくなるよう、父のベッドの視界に入るところに写真を貼ろうと準備しました。翌日、急性期病院から間違えて持ってきていた色鉛筆を返しに行こうと午前中リハビリ病院に取りに行きました。少しだけ父の様子を見ていこうと病室に入ると、午前中だからか朝日が差し込みカーテンを全部開けると昨日より明るい部屋に見えました。「こんなに明るいんだ」と安心したことを思い出します。

父の今の環境に向き合う|この病院にもきっといいところはある

暗く静かな病室から受けたショック。家に帰っても気分が沈み、何も手につきませんでした。
でも、一番つらいのは父のはず。私がここで落ち込んでいても何も変わらない。

父がこの病院で生活するなら、せん妄が少しでも改善するように。少しでも明るい気持ちで過ごせるように。帰省している間にできることを、一つずつやっていこうと決めました。

次の記事では、せん妄改善のために私が実際に試みたことを書いていきます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました