母一人で面会に行く日々|沖縄から見守るしかできない娘の葛藤

遠距離介護をしていて、一番つらいのは「何もできない」という無力感だと思う。面会にも行けない。母のそばにもいられない。できることは電話だけ。そんな私が、もっと早く知りたかったと後悔したサービスがあります。でも今日はまず、そんな日々の中で起きた小さな出会いの話を書かせてください。

一人で通い続ける母|積み重なる不安と疲れ

毎日面会に行く母にとって、意識の波がある父と向き合うことは想像以上のストレスだったようです。「寒がりだから窓を閉めてほしい」とお願いしても「換気のためできません」と断られる。面会に行けない日曜祝日の後、父は肺炎になっていました。あの窓のせいかもしれない。母はずっとそう思っていたようです。それからというもの面会に行けない日曜日が心配で、「月曜日の面会が怖い」と言っていました。

母のケア|毎日の電話

妹と、「毎日交互に母に電話しよう」と決めました。
今の父の姿を見るのは、想像以上に負担になると思う。それをこれからは母一人で受け止めることになる。元気な姿がなかなか見られない。リハビリも思うように進まない。薄暗く静かな病室、父以外の利用者さんもほぼ寝ている。私も面会後は気分が沈む日があった。

病室で出会ったTさん|声をかけてよかった

私が面会に行った時、父の向かいの利用者Tさんが、面会に来たお孫さんと話している場面に遭遇した。いつもなら声をかけたりしないが、これから面会時、母が一人になることを気にかけていた私は、「こんにちは」と声をかけた。「父がせん妄で昼夜逆転しているので、午前中にラジオを流させてもらっています。ご迷惑でしたら遠慮なく教えてください」と言うと「全然大丈夫ですよ。ね、おじいちゃん」と笑顔で答えてくれた。それから私は、面会に行くと「Tさんこんにちは」「Tさんまた明日」と声をかけることにした。リハビリの病院の利用者さんは、理学療法士と会話している時以外は一人で座っていることが多かった。声をかけられると嬉しいかな、父にも家族以外の人が声をかけてくれたら嬉しいなと思いやることにした。
話しかけられるのが嫌な人もいるかもしれない。勇気が必要で、結局Tさんにしか声をかけられませんでした。Tさんは補助してもらいながら歩けていました。次に面会に行く頃には、もう退院しているだろうな、と沖縄から思い出していました。

廊下で出会った清掃員さん|この出会いが後に私たちを救う

リハビリの病院に転院してから、父の容体が悪く、気持ちは暗く沈んでいた。そんな気持ちでエレベーターに向かうと、清掃のお仕事の方が一生懸命廊下の掃除をしていた。私は、暗く沈んだ気持ちを吹き飛ばすかのように、「いつもお掃除ありがとうございます。古い建物ですが、とても綺麗にしてくれていて嬉しいです」とお礼を言った。するとこの方も明るく「ありがとうございます」と笑顔を見せてくれた。

沖縄に戻る日、医師との面会を待っている時にも掃除をしている方がいた。「綺麗にしてくれてありがとうございます」とまた私は声をかけた。父が暮らすこの場所を綺麗にしてくれていることへの感謝の気持ちだった。すると「いつも褒めてくださりありがとうございます」と言われた。前にエレベーターで会った清掃員さんなのだと、私も笑顔になった。

それから1ヶ月後、この清掃員さんとの小さな縁が、まさかあんな形で家族を救ってくれるとは——この時の私には想像もできなかった。

濡れていたベッド|沖縄から看護師長に電話した日

いつものように母に電話をすると、「今日、お父さん濡れているベッドに寝かされていた。ベッドの肩のところが濡れていた。」と母が言った。点滴は足にしていてなんで濡れたか、看護師も分からないそうだ。
リハビリの病院に転院してきてから、せん妄がひどくなったり、肺炎になったりして、まともにリハビリができていない。
また風邪を引くのは、家族としても避けたい。私は沖縄から看護師長に電話でお願いすることにした。看護師はとても忙しそうにしているので、短めに要件が伝えられるよう、内容をまとめ紙に書き、それを伝えた。内容は「父のベッドが濡れていた。肩のところが濡れる原因がわからないと言われた。再発防止に努めてほしい」ということだ。電話は2分で終わった。
内容を読むのに必死だった私が話し終わる前に、看護師長は言い分を話し始めました。ちゃんと伝わったか、少し不安が残る電話でした。

遠距離介護中、できることが電話だけという無力感の中で、こういうサービスを知っていたら少し違ったかもしれない。介護保険外で柔軟にサポートしてくれるサービスです。対応エリアは関東・関西中心ですが、同じように遠距離で介護をされている方はチェックしてみてください。

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